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鶴を折りますひたすらに・・・。~長崎エリア千羽鶴例会~

2008年07月16日 10:28

実は今・・・。

職場で内職作業って感じなんです・・・。

ひたすらにひたすらに折ってるもの

それは・・・・。

千羽鶴
(ちなみに佐賀クラブさんの提案でチラシを再利用しようということで、10cm×10cm角にきったチラシを使っての内職作業なんです・・・。)

来月の8/17(日)に開催される、長崎エリア行事

千羽鶴例会』

に送る為、今必死に鶴を折っているんです・・・・。

この『千羽鶴例会』毎年恒例行事となっているみたいなのですが、このコンセプトに意味あり。

なんと、全国のRAC・RC等に声をかけ、全国のみなさんから千羽鶴を集めて奉納するっていう。平和のイベントらしい。

わしは一度も参加したことがないのですが、小さい頃から原爆について戦争について、いろんな角度から触れ合う機会が多かったもので、さすがに千羽は作れないのかも知れないけれど、亡くなった方々の思いを少しでも慰霊できるように一つずつ、一つずつ気持ちを込めながら折っています。

ここでちょっと千羽鶴についてお勉強↓
ちなみに、
『広島に落とされた原子爆弾について調べよう』
っていうサイトでお勉強させて頂きました!!

このブロンズ像↓

偵子


よくテレビなどでお盆の次期によく見ますよね?

『原爆の子の像』

っていうんですが、

年中、たくさんの千羽鶴が捧げられていることから、別名

『千羽鶴の塔』

とも呼ばれています。

ちなみに、千羽鶴と平和の発祥は、このブロンズ象のモデルでもある、

『佐々木禎子さん』

が大きくかかわっています。

彼女は、2歳のときに被爆し外傷もなく、その後元気に成長しました。

しかし、9年後の小学校6年生の秋(昭和29年・1954年)に突然、病のきざしが現れ、翌年2月に白血病と診断され広島赤十字病院に入院したのです・・・。

千羽鶴がお見舞いに贈られたことをきっかけに、

『生きたい』

という願いを込めて包み紙などで延命の象徴である折り鶴を折り始めます。

禎子さんは、自分が折った鶴に糸を通して、病室の天井からつるしました。

折り始めて一カ月足らずの8月末までに禎子さんの折り鶴は千羽に達しました。

それ以降も禎子さんは鶴を折り続けました。

9月末、入院以降三度目の白血球の増加が始まりました・・・。

次第に自力では歩けないほどに、体調は悪くなりました・・・。

10月中旬、左足は赤紫色になり1.5倍にまで腫れて、眠れないほどの激痛が禎子さんを襲いました。

10月25日の朝、危ないということで、家族が病室に集まりました。

お父さんが何か食べるよう勧めると禎子さんは

『お茶漬けが食べたい』

と言いました。

急いで近くの食堂でごはんを買って来て、一さじ口に含ませました。

『おいしい・・・。』

それが最期の言葉でした・・・。

二口目を食べると眠るように息を引き取りました・・・。

約8カ月の入院生活でした・・・。

わずか12年で幕を閉じた小さな命。

この悲しい現実を受け止め、この事実に衝撃を受けた同級生たちが、

『原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう』

と全国へ呼びかけ、全国3200校余りの生徒と、イギリスをはじめ世界9か国からの支援により、1958(昭和33)年5月5日に完成したのが、高さ9メートルの菊池一雄東京芸術大学教授製作ブロンズ像(建立者は「広島平和をきずく児童・生徒の会」)。

こうして世界各地に禎子さんの物語が語り継がれるようになり、紙芝居や漫画などを含めた絵本・読み物が、日本では23冊、海外では35カ国で14冊が確認されています。

中でも、40年前に書かれたカール・ブルックナーの本

『サダコは生きる』

や約25年前に書かれたエレノア・コアの本

『サダコと千羽鶴』

それに続く

『サダコ』

は多くの言語に翻訳され、世界で最も親しまれています。


2001(平成13)年7月19日(木)~12月16日(日)に広島平和記念資料館で行われた

『企画展』

では偵子さんの家族や、友人、同じ部屋の患者さん、看護士さんなどの実話をもとに色々なものが展示してあって、戦争について再度認識できる機会を作るイベントとして有名ですね。


最後に一言。


戦争の世紀』といわれた20世紀。

科学の進歩によりさらに躍進した国々。

それにより、各国の私利私欲の為生み出された原子爆弾は、20世紀を象徴する卑劣な兵器でした。

佐々木禎子さんは、その原爆の犠牲となった多くの被爆者である一人の少女です。

禎子さんのように、病気の回復や生への願望を持ちながら亡くなった被爆者はたくさんおられます。

実際僕のばあちゃんもじいちゃんも被爆者だったんですから・・・。

世界に語り継がれる物語の主人公である

『サダコ』

は、佐々木禎子さんから生まれたキャラクターです。

しかしそれは、多くの被爆者の姿を映す鏡として今でも存在している重要な象徴なんです。

戦争の恐ろしさや平和への願い、互いの思いやり、家族愛、生へのこだわり、最後まで諦めない努力・・・。

このブログを見たあなたは、『サダコ』からどんなメッセージを受け取りましたか??

折り鶴に明日への希望を託しながら一生懸命に生きたサダコのように、あなたも今から何かできることをしませんか??

そう想いながら今でもせっせと折鶴を折っている

shiroなのでした・・・。


コメント

  1. shiro | URL | dhfJz9YU

    おおっっ

    天野っち!!
    カキコありがとねんe-466
    こんな行事が増えていくと結構面白いかも知れないねぇ。
    ごめんね~。
    千羽鶴例会行きたかったんやけど・・・。
    でも鶴はどっさり?!やから宜しくねe-287

  2. 天野 | URL | mauyLjdI

    千羽鶴

    長崎東ローターアクトの西です。一応、千羽鶴例会の実行委員長です(*^-^)b

    千羽鶴例会のために暇を見つけては折り鶴を作成いただき、本当にありがとうございます。

    今回、このような例会を開催する事で、1人でも多くの人に平和の尊さを再確認していただけたらと思ってます。

    私も願いを込めながら、今から鶴を折っていこうと思います(*^ー^)ノ

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